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2010-2011中東アラブ騒乱

歴史が大きく動こうとしている。中東アラブで起きている騒乱は世界にどのような影響を与えるのだろうか。
by

Peers Management

on 10 February 2011

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Transcript of 2010-2011中東アラブ騒乱

チュニジア シディブジッド ● 中部シディブジドにて失業中だった26歳の男性モハメッド・ブウアジジが果物や野菜を街頭で販売し始めたところ、販売の許可がないとして警察が商品を没収。これに抗議するためにガソリン(もしくはシンナー)をかぶり火をつけ、焼身自殺を図った。 2010年12月17日 デモはチュニジア全土に拡大 チュニジアでは失業率が公表されている14%よりも高く、青年層に限れば25~30%という高い水準に達しており、同様に街頭で果物や野菜を売り生計を立てる失業者も多かった。 ブウアジジと同じく、大学卒業後も就職できない若者中心に、職の権利、発言の自由化、大統領周辺の腐敗の罰則などを求め、全国各地でストライキやデモが発生した。 首都チュニス ● 発端となったブウアジジは自殺を図った後、数日間は生存したものの死亡 2011年1月5日に葬儀が行われたが警察は行列を阻止 ● カスリーヌ タラ ● 1月7日 大規模デモ発生 1月9日 大規模デモ発生 1月10日 暴徒化、破壊、襲撃、略奪、放火が発生 1月11日 大規模デモが飛び火 労働者街にて参加者が車、銀行、警察署といった政府関係庁舎への放火、また商店街において略奪行為を行った。警官隊はこれを解散させるため威嚇射撃を行い4人が死亡[11]、また火炎瓶や催涙弾の使用を行った。内務省より死者は述べ23人になったと発表 ベン・アリー大統領 政府は首都近郊に夜間外出禁止令を発令し、同時に緊急雇用対策の発表、高騰した食料価格の引き下げ、表現の自由の拡大、インターネット閲覧の制限を解除、デモ参加の逮捕者を釈放、治安部隊のデモに対する武器の使用を禁止、2014年での退陣を表明、などを次々と発表 ゼネスト発生 ゼネラル・ストライキ=国家レベルのスト=国家運営の実質ストップ 大統領としての大幅な譲歩にも関わらず、デモを沈静化することは出来ず、規模はますます拡大 1月14日 同日、ベン=アリー大統領、サウジアラビアへ国外脱出(亡命)、1987年以来23年に渡る長期独裁政権はあっさりと崩壊した Constitutional Democratic Rally
Rassemblement Constitutionel Démocratique:フランス語 立憲民主連合(RCD)は去れ 失業率-14%
若者層の失業率-30% 経済成長の恩恵を受けられない庶民、若者 イスラム主義の抑圧 労働者共産党の抑圧 政権一族での富と権力の独占 不満 民主化運動が独裁政権を打倒 高い経済成長率-毎年5%~7% ベン=アリー政権崩壊までの流れ 若者から全年齢層へ不満が拡大 そして、他国へも民主化運動が飛び火 写真提供 Wikimedia:
© 2011 Flickr Upload bot
© 2011 Habib.mhenni
© 2011 Rais67
© 2011 Avala アルジェリア 1月12日以後、次々と政府への抗議自殺が発生 80年代以後若者層にイスラム主義が浸透、しかし、軍部のクーデターによって国家非常事態宣言が発令され、イスラム主義は抑圧された。2011年2月、19年目にして非常事態宣言は解除される見通しだった。 2010年12月29日 最初のデモ、民衆と警察が衝突 1月11日までにデモは拡大、すでにデモの最中に3名が死亡、800名以上が怪我、1100名以上が逮捕されている 2月に入ってもデモは続き、次第にチュニジア同様、食料や油、仕事の要求から、RCDの退陣へと要求が拡大しつつある ジャスミン革命 © 2005 Kpjas Flickr チュニジアの国花・ジャスミン 死者数:219人 2011年2月5日現在 死者数:5人 2011年2月5日現在 リビア 1月13日~16日にかけてリビアの各地でデモが発生。住宅、日用品、仕事の要求 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国、通称リビア、北アフリカに位置する共和制国家。 首都 トリポリ © 2009 Jaw101ie Wikipedia 16日でデモは沈静化。死者なし ヨルダン 2011年1月7日~
断続的にデモが発生 アブドラ国王に対し民主主義政権への移行を要求 2月6日現在もデモは続いているが、死者はいまのところなし モーリタニア チュニジア同様、政府への抗議のための焼身自殺が発生 死者:1名 スーダン 2011年1月30日 警察とデモ隊が衝突 オマーン 2011年1月29日 警察とデモ隊が衝突 物価の高騰への対応と、所得の増額を求めてのデモ。最も政治的に安定している中東国家の一つで反政府デモが起きたことは衝撃 イエメン 中東アラブ諸国で最も貧しい国。国民の半分が1日2ドル以下で生活している。2007年の失業率は40% イスラム主義が強く、政治も不透明で国民には自由も人権もほとんどない。 アルカイダのリーダー、オサマ・ビン・ラディン(ビン・ラディン家)の出身国。 アリ・アブドラ・サレハ大統領 32年間大統領職に就き、その他多くの要職を一族が占めている 2011年2月3日 ”怒りの日”
首都サヌアで2万人を越える大規模なデモ 民衆は革命ではなく、改革を求めており、比較的穏健に政権の権限委譲が進みそうな気配 サウジアラビア アブドラ・ビン・アブドゥル・アジズ国王 ● ジェッダ 2011年1月21日 65歳の男性が焼身自殺 ● ジザン 2011年1月29日 数百人規模のデモ発生 これまでの死者:4名
これまでの逮捕者:30~50名 エジプト ムバラク政権以後、イスラエルに対し対決から融和外交に転換し、イスラエル、アメリカとも良好な関係を作り経済を発展させる一方、イスラム主義を抑圧し、宗教政党も認めない独裁政治を行って来た 首都カイロ アレクサンドリア ● アレクサンドリア ● スエズ ● カイロ 2011年1月22日 FacebookやTwitterを使って25日にデモの実行が呼びかけられ5万人が参加を表明 実際は8万5000人が参加 1月25日以降、連日大規模な反政府デモが続き、ムバラク大統領への退陣要求から、次第に怒りはイスラエルやアメリカに対して向けられるようになった。 1月27日 ムバラク大統領はエジプト国内の全インターネット回線と携帯電話回線を遮断。しかし、デモを抑止することはできず、同時にTwitter、Googleは電話を使ってメッセージを投稿するサービスを開始 カルロス・ラトゥッフ氏による風刺画
(ブラジルの人気風刺漫画家) "Leave, you thief!" "Down with Mubarak" "No to Mubarak" "Mubarak the dictator has fallen" 2月2日 ムバラク支持派がタハリール広場に多数現れ、反政府デモ隊と衝突。国内の意見が分裂していることが鮮明化 首都カイロ、タハリール広場で20万人規模のデモが発生、暴徒化し首都は大混乱に陥る。同日ムバラク大統領は次期大統領選挙に出馬しないことを表明 1月25日ー怒りの日(Day of Anger) 1月28日ー怒りの金曜日(Friday of Anger) 金曜礼拝の後、大規模なデモが発生し、民衆が暴徒化、エジプト考古学博物館などにある貴重な展示品が多数破壊、略奪された。この日だけで死者は30人以上に上り、政府は夜間外出禁止令を発令した。 1月30日 軍が出動。多くのデモ隊は夜間外出禁止令を無視してデモを続けた。軍はデモ隊に向けて発砲することはないと政府は宣言。 2月1日ー百万人の行進(March of the millions) 2月4日ー出発の金曜日(Friday of Departure) 再び首都カイロ、タハリール広場で20万人規模のデモが発生。この日のデモは比較的穏健に解散し、夜間外出禁止令は4時間短縮された 2月6日 スレイマン副大統領はムバラク政権から権限の移譲に向けて改革を開始することを明言。最大野党勢力ムスリム同胞団幹部とも会話を開始し、デモは沈静化に向かい始めた シリア サレハ大統領は2013年の大統領選挙に出馬しないことを表明しデモは沈静化に向かう 2011年1月26日 焼身自殺が発生 2011年1月31日 
バシュラー・アル=アサド大統領は、ウォール・ストリート・ジャーナル誌のインタビューに対し「改革の時期が来た。中東の新しい時代が始まる。これからのアラブのリーダーは政治や経済を国民に開放していかなければならない」と話した 2月4日に”怒りの日(Day of Rage)”名付けられた大規模なデモが計画されている、とカタールの衛生テレビ局アルジャジーラは報じたが、2月8日現在まで、大規模なデモは発生していない モロッコ 2011年1月30日
チュニジア、エジプトに影響を受け北部の都市タンジェでデモが発生し、4名が焼身自殺。 2月20日の反政府デモに向けて現在計画が進められており、Facebookを通じて情報は多くの市民に共有されている ジブチ 300人のデモ隊がイスマル・オマル・ゲレ大統領に対し、次期大統領選家への不出馬と、経済的、政治的改革を要求 デモは平和的に行われている バーレーン 2011年2月4日
エジプト大使館の前でデモ発生 ペルシャ湾岸の豊かな産油国で初めての大きなデモ 2月14日に向けてデモが計画されている イラク 2011年2月5日
ヌーリー・アル=マーリキー首相は2014年の選挙には出馬しないことを表明 これまでの経緯 1. チュニジアで若者が政府に抗議するため焼身自殺 2.情報はSNSを介して世界中に伝播 3.SNSを使って大規模な反政府デモが計画 4.独裁政権に対する民主化運動に発展 5.ベン=アリー大統領の長期政権は民主化運動によってわずか1ヶ月で崩壊 6.アラブ最大の国エジプトに飛び火し、大規模な民主化運動が始まる 7.同時に他のアラブの独裁国家にも次々と民主化運動が飛び火 まとめ 1969年チェコスロバキア(現チェコ)、カレル大学の学生ヤン・パラフが共産党独裁からの民主化を求めて焼身自殺を図り、チェコスロバキアで民主化運動が始まった(通称プラハの春)。以後、70年代~80年代にかけてソ連の影響下にあった東欧独裁国家にチェコの民主化運動が次々と飛び火し、91年のソビエト連邦崩壊に繋がった。 これらの民主化運動では野党勢力が象徴的に「色」や「花」を用いたことから「色の革命」「花の革命」とも呼ばれている。 2010年にチュニジアで起きた「ジャスミン革命」は当時の東欧で起きた民主化運動を彷彿とさせる。 ただし、中東アラブの独裁政府の後ろにいるのは、アメリカであり、ヨーロッパであり、日本を含めた先進諸国、すなわち資本主義とグローバリズムである。 中東に平和的に民主主義が広まり、健全に世界経済に参加してくれることを望むばかりである 世界が動き始める これまでの各国の動きと犠牲者 http://en.wikipedia.org/wiki/2010-2011_Arab_world_protests ムハンマド・ホスニー・ムバラク大統領 1975年 サダト政権で副大統領
1981年 サダト大統領暗殺により後継として大統領に就任 以後、今日まで30年に渡り大統領にとどまる ムバラク大統領 ネタニヤフ首相 オバマ大統領 エジプト イスラエル アメリカ 2010年9月1日 中東和平交渉の席で。ラマダーンの期間(8/11-9/9)であるためムバラク大統領は日没から日の出まで食事を取ることができない。そのため首脳陣合同で公式な日没時間に時計を合わせているところ にも関わらず チュニジア経済 エジプトでの騒乱は、
アラブ世界に次々と飛び火 アラブ世界全体に
民主化運動が飛び火 最後に 本プレゼンテーションで記述されている情報は2月7日現在のものであり、不確かな内容も含まれている点に注意してください 情報はほとんどすべてWikipediaに記述されている内容を元にしています。 内容に不備があったり、気づいた点がありましたら http://www.twitter.com/ikatetsu までご連絡ください 中東アラブに多くの原油を依存する、僕たち日本人にとって決して対岸の火事では済まされない、重大な出来事が今、アラブ世界で起きています。まずは何より事実を知ることが大切なのではないでしょうか。 Twitter、Facebook、ブログへの転載、大歓迎です。いちいち連絡とかいりません。 筏井哲治(Tetsuharu Ikadai) アラブ世界に広がる民主化運動の波 2010~2011 中東・北アフリカ騒乱
これまでの流れ(2011年2月7日現在) と、思ったのもつかの間、2月8日に最大規模の反政府デモが発生 2月9日以降、スエズ運河運営関連企業、鉄道、バス、国内最大の繊維企業、鉄鋼企業、化学企業など、様々な企業でストが発生、エジプト全土に広がり始めている。 ムバラク大統領の即時退陣を迫る反政府勢力に対し、政府は混乱が長引くようであれば「軍の介入もあり得る」と発言。ますます緊張は高まりつつある。
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