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親子で学ぶ事業承継

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by

Susumu Yamaguchi

on 19 August 2013

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Transcript of 親子で学ぶ事業承継

画像引用:戦国BASARA
画像引用:戦国BASARA
上杉謙信
武田信玄
川中島の戦い
入門の入門「親子で学ぶ事業承継」
高千穂大学 経営学部 起業・事業承継コース 




2013年8月25日



事業承継センター株式会社
取締役CIO 中小企業診断士 山口亨
講師自己紹介
■1974年生まれ 愛知県一宮市出身
■2008年中小企業診断士登録

■システム開発会社でネットワーク管理者、
 プログラマ、SEと技術現場を経験
■ワーキングホリデーで渡豪
■帰国後は米国企業の日本法人でITマネージャを担当

■2009年4月に独立、現在はIT化支援のコンサルティング
 のほか、行政機関での創業支援や経営相談、講演、執筆
 などで活動。クライアントの潜在ニーズを引出し、
 「思い」を事業計画書という形にするお手伝い。

■事業承継センター株式会社 取締役CIO
 新・経営力向上TOKYOプロジェクト実行委員会 事務局
 東京商工会議所 IT相談員、ディレクター、専門家
 世田谷区産業振興公社 創業相談員
 東京都中小企業振興公社 商店街支援専門家

代表著作
機動戦士ガンダムの世界で繰り広げられる様々な出来事から経営のエッセンスを学ぶ

ジオン軍を中小企業に、連邦軍を大企業に見立て、双方の良し悪しから中小企業の生き残りのヒントを探る
「ガンダムに学ぶ経営学」
ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観で、主人公の勇者が仲間を集めて、旅をしながら当初の目的である魔王を倒して平和を勝ち取る。その物語の進行に合わせて経営の各用語を学ぶ
「ドラクエができれば経営がわかる」
本日の講義内容
1)事業承継とは

2)歴史に学ぶ事業承継

3)自分たちを振り返る
賢者は歴史に学ぶ
賢者は歴史に学ぶ
事業承継とは
ハードの承継
ソフトの承継
人の承継
人的資産
関係資産
構造資産
株式
会社建物
自宅
現金
株式評価額が高ければ、相続、贈与の際の税額負担が多くなる
親族内
従業員
M&A
見えない資産の
「見える化」
 が重要!
引き継ぐ側の了解が得られている?
家族会議から始める
自身の後継者を指名しておかなかった!
名将2人に共通する問題
三条夫人
諏訪御料人
義信
勝頼
武田信玄
北条夫人
信勝
上杉謙信
景虎
景勝
上杉謙信の失敗から学ぶ「継がせる側の教訓」
1)寿命があることを自覚する (100年カレンダー)
2)万一に備えて後継者を指名しておく
3)後継者同士を競わせない
4)企業の生き残りは経営者の長生き競争
5)酒に注意する
6)無理をしない
7)65歳までには引退する
8)後継者に補佐役をつける
9)後継者長をオーナーにする
10)相応しい後継者がいなければ会社を売る
上杉景勝の成功に学ぶ「継ぐ側の教訓」
1)先代を肯定して継ぐ
2)先代と自分を比較しない
3)情勢の変化に対応する (先見性、積極性)
4)身の丈にあった経営
5)会社の歴史を語り継ぐ
6)補佐役を持つ
7)古参幹部の話を聞く
8)財政が厳しくなっても家臣は切らない
9)一致団結して難局を乗り切る
10)自分自身もきちんと後継者を指名する
一方、武田勝頼はどうであったか?
信玄が勝頼に「まだ信望がないから直ぐには跡を継ぐな」と重臣たちの前で言い残した。

「勝頼の子供を名義上の相続人にして、勝頼は後見人になれ」と言った。

悪い言い方をすれば、重臣たちの前で、親父から能力がないとコケにされたともいえる。
そういう後継者を重臣たちが本気で支えていくだろうか?

勝頼の最後には十数人のお供しかいなかったということらしい。

重臣たちに「勝頼はまだ能力が足りないから、お前たちがよく支えてやってくれ!」と
いったならばまだ状況は違ったかもしれない。
国際人
今の自分たちを振り返る
信濃への領国拡大を行った信玄の庶子として生まれ、諏訪氏を継ぎ高遠城主となる。
武田氏の正嫡である武田義信が廃嫡されると継嗣となり、元亀4年(1573年)には信玄の死により家督を相続する。

強硬策を持って領国拡大方針を継承するが、天正3年(1575年)長篠の戦いにおいて織田・徳川連合軍に大敗したことを契機に領国の動揺を招き、その後の上杉氏との甲越同盟、佐竹氏との甲佐同盟で領国の再建を図り、織田氏との甲江和与も模索し、甲斐本国では新府城への府中移転により領国維持を図るが、織田信長の本格的侵攻(甲州征伐)により、天正10年(1582年)3月11日、嫡男信勝とともに天目山で自害した。
これにより平安時代から続く甲斐武田氏は(戦国大名家としては)滅亡した。
引用:Wikipedia
甲斐の守護を代々務めた甲斐源氏武田家第18代・武田信虎の嫡男。

先代・信虎期には国内統一が達成され、信玄も体制を継承して隣国・信濃に侵攻する。
その過程で越後国の上杉謙信(長尾景虎)と五次にわたると言われる川中島の戦いで抗争しつつ信濃をほぼ平定し、甲斐本国に加え信濃、駿河、西上野、遠江、三河と美濃の一部を領し、次代の勝頼期にかけて甲斐武田家の領国を拡大した。

晩年、西上作戦の途上に三河で病を発し、信濃で病没した。
文章引用:Wikipedia
上杉家の下で越後国の守護代を務めた長尾氏出身で、初名は長尾景虎。のちに関東管領上杉憲政から上杉氏の家督を譲られ、上杉氏が世襲する室町幕府の重職関東管領に任命される。

内乱続きであった越後国を統一し、産業を振興して国を繁栄させた。

他国から救援を要請されると秩序回復のために幾度となく出兵し、特に5回に及んだとされる武田信玄との川中島の戦いはよく知られている。
さらに足利将軍家からの要請を受けて上洛を試み、越後国から西進して越中国・能登国・加賀国へ勢力を拡大した。
越後国魚沼郡上田庄の坂戸城下に上田長尾家当主・長尾政景の次男として生まれる。生母は上杉輝虎(上杉謙信)の実姉・仙桃院。

御館の乱の長期化、織田氏の侵攻により、謙信が一代で拡大した上杉氏の国力は著しく衰退した。

信長死後、秀吉に通じ、五大老に任命された。
その後、秀吉の命により会津120万石に加増移封され、以後は「会津中納言」と呼ばれた。

秀吉が死去すると、家老の直江兼続が五奉行の石田三成と懇意にあった事などの経緯から徳川家康と対立する。
関ヶ原の戦いの後、家康により米沢藩に減封され、以降藩政確立に尽力した。
文章引用:Wikipedia
画像引用:戦国BASARA
上杉家が米沢へ減封ながらも
        生き残れた理由
1)先代を肯定して後継した

2)情勢の変化に素早く対応した

3)関が原で負けて以来、身の丈に
  あった経営に切り替えた

4)古参幹部の話を聞く耳を持っていた

5)良き補佐役に恵まれた
仙桃院
長尾政景
北条氏康
時は有限

人生の残り時間を把握する
100年カレンダー

後継者はどうあるべきか?

自由人
常識人
これが現代の後継者に求められるもの
ご静聴ありがとうございました。
引用:北見昌郎著「上杉謙信に学ぶ事業承継」幻冬舎
引用:北見昌郎著「上杉謙信に学ぶ事業承継」幻冬舎
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