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Copy of 社会保障の歴史

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on 21 March 2016

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Transcript of Copy of 社会保障の歴史

社会保障(後期)第27回
イギリス 社会保障の萌芽
救貧法
社会調査
リベラル・リフォーム
現在の公的扶助の原型
ドイツ 社会保険の誕生
当時イギリスは世界で最も経済発展→都市化の進展
     ⇩
旧来の相互扶助的な地域社会の仕組みでは対応できなくなった
イギリス社会調査:科学的貧困調査の始まり
1886−1902年 C. ブース ロンドンの貧困調査
          「ロンドン民衆の生活と労働」
  →市民の30%近くが貧困層
飲酒・浪費などの「習慣の問題」ではなく賃金などの「雇用の問題」や疾病・多子などの「環境の問題」
1899年 S. ラウントリー ヨーク市の貧困調査       「貧乏研究」
救貧法
1601年 エリザベス救貧法

《社会的貧困観》

…世界で最初の、一国の法令による全国な制度としての困窮者の救済
働ける貧民→労役場
働けない貧民→救貧院
貧困者を「働ける貧民abled-bodied」と「働けない貧民non abled-bodied」に区別
1834年 新救貧法
劣等処遇の原則
院外救済の禁止
救貧行政の中央集権化
市民権の剥奪
《個人的貧困観》
(貧困の自己責任観)
1906年 自由党が圧倒的に勝利
⇒大蔵大臣ロイド・ジョージを中心に多くの社会改良政策実施
1905−09年 救貧法と失業者に関する王命委員会
1909年 ウェッブ夫妻の少数派報告で救貧法廃止が訴えられる
学校給食法(1906)、学校保健法(1907)、無拠出の老齢年金法(1908)、職業紹介法(1909)、国民保険法(疾病・失業)(1911)
世界初
リベラル・リフォーム
ナショナル・ミニマム論
(国民最低保障)
共済組合の発達
O.ビスマルク
「飴と鞭」
社会主義運動の取締りと福祉の増進
<鉄血宰相>
中世から商工業の同業者集まり病気やけが、障害、死亡などに備える仕組み
近代以降、工場労働者ら労働組合を結成、相互扶助
社会保険三部作
1883年 疾病保険
1884年 災害保険
1889年 障害・老齢保険
世界初!
アメリカ 福祉国家の発展
1929年 ウォール街株価暴落→世界大恐慌
ルーズベルト大統領によるニューディール政策
1935年 世界最初の「社会保障法」
     Social Security Act
政府が運営する社会保険と公的扶助の両方を含む
1938年 ニュージーランド
「社会保障法」
所得保障+無料の医療給付サービス
ニューディール政策
経済政策の一貫で積極的な公共投資を行うとともに失業者、高齢者などに所得保障
連邦緊急救済法(1933)、連邦緊急救済局の設置、全国産業復興法の制定、公共事業局の設置…400万人以上を緊急雇用、経済保障法構想→1935年社会保障法へ
第二次世界大戦とイギリス
ベバレッジ報告
戦後再建問題委員会の設置
→社会保障問題が戦後再建の核心部分に
1942年「社会保険および関連サービス」(ベバレッジ報告)
世界初の包括的社会保障制度の提案:「ゆりかごから墓場まで」 福祉国家の出現
社会保障の3つの方法
基本的なニードに対する社会保険
特別なケースに対する公的扶助
付加的な任意保険
特徴
包括性:全国民を被保険者として包括する    =普遍主義
形式的平等性:最低生活費均一給付原則、均一額拠出原則
ナショナル・ミニマム:最低生活保障原則
1973年、1979年
オイル・ショック
石油価格高騰→経済成長停滞
福祉国家の危機:福祉見直し
イギリス、サッチャー首相
アメリカ、レーガン大統領
⇒新保守主義:規制緩和、小さな政府、効率性の重視
⇒財政赤字の増大
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