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Future Center Kyoto 話したこと、学んだこと

京都から始める、明日への対話
by

Akira Takauchi

on 16 December 2012

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Transcript of Future Center Kyoto 話したこと、学んだこと

大広間で
一日車座になって
話しまします。 (cc) photo by Metro Centric on Flickr (cc) photo by Franco Folini on Flickr (cc) photo by jimmyharris on Flickr (cc) photo by Metro Centric on Flickr Future
Center
Kyoto 家族が健康である
ことと、自分が
いきいきと働くこと。 どうってことない
不安や不満しか
ないってことが
幸せ。 人種や考え方、文化などの多様性を相互に理解できる社会にいきること。
あと、西洋流の、相手に親切にする譲り合うマナーが社会に根付くこと。 実現可能な夢を持ち、それに向かって努力し、そのことに感謝することができること。 仕事、家族、友、趣味、全てが
充実している
こと。 一日の仕事を終えて、風呂の中でくつろぎ、家族の笑顔を
みるとき。 自分の周囲の人々が大過なくすごしていけること。
変化は必要なのかなぁ。 子どもたちが笑っていること 新しい発見がある日々、安らぎを感じる日々に幸せを感じます。 お金に困って人の物を盗むことなく、
人を殺すほどの怒りもなく、
明日の事を想い考えられ、ただ善く生きるだけで幸福です。 Make a Life,
Make a Living.
幸せ、人生、生き方と、生計、シゴト、成功を両立できるひとがふえる。 人、社会、自然と自由に交わり、歓びを感じられること。大量消費よりも、ユニークな価値を大切にしながら生きること。 旬の食材と新鮮な材料でできた食事とおいしいお酒を飲んで、わいわいと歓談すること。 旨い水。
旨い米。
旨い酒。 田舎に住む選択ができる幸せ。 日本の田舎、大自然の中、温泉につかる瞬間が
一番の幸せ。 朝起きて
元気に挨拶し、
一日楽しく仕事をし、
晩のビールが
おいしいと思える
一日を過ごすこと。 幸せ!?
斜いた山腹に建つ
共同住宅かな?
Egoismとaltruism
の境目はどこに?
と考えること。 家族の健康と笑顔があることをベースとして、
①自分の信じるプロフェッションを日々実行すること、
②国内外の友人とデイスカッションしていろいろ学び、知的好奇心を満足すること、
③おいしくお酒を飲むこと。 犬の散歩をするおじいさん、集団登校する子供たち、井戸端会議する奥さんたち、帰り際に感じる夕飯のにおい、日々世の中をちょっとでもよくしようと働くみんな、そんな出退勤で見かける平凡な日常が、人災や天災におびやかされずに続く日常。 家族そろって
週末に
夕食を囲む時。 遠く離れて暮らす両親が、
健康で、心おだやかに、
贅沢しなければ
心配せず暮らせる収入があり、
日々つつがなく
暮らしていってくれることが、
私の幸せです。

年配の方々が皆、
幸せでありますように。 私の幸福:
①家族、
②日本の良さ発見、
③世界平和、
④自分の健康、
⑤知的生活、
⑥自分らしさの発見。 あなたの幸せ教えてください 平安な毎日、変化にチャレンジできる余裕。 気の合う仲間と、
気兼ねすることなく、おいしい食事と
ワインを
楽しんでいる時。 美味しいお米と美味しい大豆食品と美味しいワインや日本酒(醸造酒)とともに、楽しい人々と喧々囂々議論し活動しながら生きていきたいものです。死ぬときは可能であれば人の為に前のめりに、また、可能であればまた人間として生まれてこれたら最高かと。。。 「あいさつは心の通い路」という言葉を小学生のとき、国語の教科書で習いました。言語学者の金田一京助氏がアイヌの村を訪れた話の中に出てきた言葉です。
これが四十年経っても身体に染み付いています。毎朝すれ違う小学生や中学生には出来るだけ声をかけたいと思っています。
小学生の素直な声を聞くと、なにより元気になれます。 ほどよい光と頬なでる風、
木もれ陽の中で
家族や仲間と
心から笑い合える瞬間。
その瞬間が人生全てであり、
その瞬間のための他日であり、
他の瞬間の全てが
そのようでありたい。
外界で何が起ころうと、
その瞬間を自らの内に常に保ち
発動できる自分でありたい。 たいせつな人と週末を
一緒に過ごし、
ときには山や旅行に行って、
その帰りに道の駅によって、
二人で野菜でも選びながら
和気あいあいとし、
買ってきた野菜を
自宅で一緒に料理する
なんてことができたら、
毎日を楽しく
過ごせると思います。 ちょっとの頑張りで、
これが食べたいと
思えば手に入り、
気分転換をしたいと思えば2~3時間で
温泉につかれるなど、
日本での暮らしの楽しさをいつでも享受できる状態であること。 宿題提出! よびかけ で、初秋の京都で、
こんな会をすることになりました。 「今話さんで、いつ話す?」 「きっと話したい気持ちを持った人がたくさんいてるはずや」 いいおっさんが三人、
ただただ「場」を作って提供することで
意気投合しました 更田 誠 京都高度技術研究所
新事業創出支援部 次長 高内 章 Strategic
Business
Insights Intelligence Evangelist 岡田 誠 富士通研究所
R&D戦略本部 部長 三人の
おっさん 会場は、 弘道館 江戸中期の京都を代表する儒者
皆川淇園(みながわきえん/1736-1807)が1806年に創設した学問所ゆかりの地。 http://kodo-kan.com/profile.html 数寄の心は
Future Centerのおもてなしの心 2011年10月30日
午前9時30分から
午後6時まで Twitterサイズ、140文字以内で、
あなたの幸せを書いてきて下さい。 覗きたい幸せにズームすることできます 京都から
はじめる
明日への対話 幸せって、何だったっけ? Catalysts Our 繋がり合う街、
好きになれる街に
住んでいますか? 自然から
頂いたものを
大切に
生かして
いるだろうか? ロスジェネから見た
幸せのかたち 機械がモノを
作り始め
うつろう
日本の美意識が
消えた。 これからは
自分という人間を
社会のために
役立てていきたいと
思います。 大畑 京子氏(長岡京市会議員)

大畑氏は、静岡の小さな村の生まれで、密度の濃い村の人のかかわりを煩わしく感じながら大人になった。
結婚した夫と共に、街への憧れを胸に長岡京に越してきたが、そこにあったのは、人口2万人程度の地方都市。転居先はまたもや村社会そのものであった。

しかし、高度成長を通じて急速に発展する関西経済圏のベッドタウンが形成されていくに従い、長岡京にも都市へ通勤するの労働者の家族が続々と流入してきた。
外来者が増えるにつれ、農地や里山が次々と宅地開発され、景観は目まぐるしく変わった。また、住民の厚生が急速に変化していくなかで、人と人の繋がりも失われていった。

ところが、道路建設や飲み水などの身近な問題が生じた際、ばらばらだった住民の意識が主婦たちのネットワークを中心に繋がりあい、問題意識を共有する仲間の代表として大畑氏は、無党派の市会議員となった。

大畑氏は語る「田舎の人間関係を毛嫌いしていた私が、失われた人の繋がりを取り戻すために働くことも、自分たちも開発された土地に越してきたのに、乱開発反対を唱える主婦たちの先頭に立っている自分もおかしかった。でも、新しい環境の中で、自分たちの生活環境に責任を持って関わり、信頼を取り戻していく人たちを見るにつけ、この人の輪を保ち、広げていくことが、自分の役割と認識した。」

以来5期20年、従来からここに住む人たちだけではなく、高度成長期に流入した人たちも年を重ね、街には、高齢化という新しい課題も生じてきた。

大畑氏は、今も課題のあるところに話し合いの輪を形成しつつ、大きな経済圏に挟まれた人口8万人の地方都市に求められる人の繋がりのありようを考え、行動し続けている。 野口 康氏(金箔職人)

箔と向き合い、数十年を過ごしてきた。

尾形光琳(1658-1716)の描いた燕子花図(かきつばたず)には、不規則な形状の縦じまが含まれている。箔を扱う職人である私が、この縦じ まがなぜできるかと質問を受けたのは、40年以上前だった。本当に長いことかかったが、答えは意外なところにあった。今日は、この結果から得られ た洞察について語りたい。

当時手作業で打たれた金箔には、今で言うところの品質に大きなばらつきがあった。
今のように、必要充分の大きさの打ち上げ箔から四角形を切り出すことは出来なかった。
そこで、当時の職人は打上った箔を素材と考え、これを重ね合わせてつなぎ四角形をつくりだした。その重ね合わせ方「継重ね」に幾つかの様式が生まれた。
光琳は燕子花図において、継重ねの主たる線を垂直方向に揃えた。光琳はそれにより地面から天に向かう命の勢いを描き出そうとしたのでないかさえ思えてくる。

明治以降、機械化された箔の製造工程により規格化された金箔は、厚さも形もきっちりそろった、真四角のもののみが製品とみなされるようになった。今では、箔を打つことのできる職人はいない。

機械化による産業の発展によって失われたのは、受け継がれてきた技だけではない。その規格品に慣れた現代人は、次第に完璧な金の均質性に価値を見いだすように変わっていった。金箔を打つ職人の技が、正確無比な機械の仕事に代わったとき、あいまいな素材の持つ独特のぬくもりを美しいと思う人の美意識まで失われたように思う。

不均質であるが故の揺らぎを楽しむ、陰翳礼讃的な風情は、消えてなくなってしまったのだろうか。 山田 加奈子氏(ジャーナリスト)

大学を卒業したのち、新聞社に入社し記者として20数年間働いた。
新聞社の看板を背負うことで、名刺一枚で普通では会えないような人たちと出会うことも、多様な知識を 身に付けることもできた。特権も得られる職種ではあったが、それはあくまでも会社の力であり、個人の力ではない、と感じ続けてきた。
このまま、現職場で定年まで安泰に働いていてもいいが、しかし、組織の殻をかぶった自分のままで 居ていいのか、挑戦するのは今が最後のチャンスでは、と思い昨年に会社を辞めた。周囲のほとんどの人たちは「今の収入とやりがいを得られることはまず無い、無謀としかいいようがない。退職はしないほうがいい」と忠告してくれたが、 実際に辞めてみると、自分という人間そのものを評価し、機会を与えてくれる人が多く、いろいろな仕事のオファーが絶えず来る。

本業とは別にライフワークとして考えていることがある。女性が元気で美しく輝けば、家族関係や友人関係なども充実し、地域や社会も明るくなる、と思う。私は、今までの経験を生かし、多方面の友人、知人と手を組んで、女性が健康で美しく暮らせるライフスタイルを提案することで、社会に貢献したいと思っている。現在、NPOにするかどうか検討中。たくさん儲ける必要はないが、活動自体がボランティアではなく、事業として成功することも大切だと思う。 「明日の幸せを目指す目標は、何なんだろう?」

このとてもシンプルで難しい問いかけに、40数人の多様な人たちが共鳴しあい、上京の弘道館という古い学問所跡に集まりました。

焼け野原から立ち上がり、あっという間に資本主義経済拡大の主役の一人にまで上り詰めた20世紀後半の日本の急速な成長は、そこに生きる人たちの生活を大きく変えてきました。
そしてこの間、幸せになるための手段であったはずの「成長」が、幸せの目標そのものにすり替わっていることに警鐘を鳴らす人々の声は、より豊かな生活を追い続けることに一生懸命だった私たちの胸には届きませんでした。

世紀末から20年、成長の宴がもたらした高揚した気分もすっかり失せた今、地震やそれに続く原発の致命的な事故という大災害を前に、多くの人が覚醒したのかもしれません。このまま、何も考えずに、今まで通りでいていいのだろうか?

今回、ここに集ったのもそんな人たちでした。
しかし、参加していた人の全てが、「経済成長」が社会生活の維持に欠かせない、不可侵かつ主軸の価値観と考えられていた20世紀にどっぷり浸かってきたのですから、経済成長の必要性そのものを心の底から疑うことは、とても難しいことでした。
実際、一日話し合った末の結果は、同じこの時間を生きる人たちが、何を思い、何を求め、何を語るのかを知ることが、とても大切だということと、私たちには、知らないこと、知りたいことが山ほどあるということでした。

そして、そこにいた生まれも育ちも、住んでいる場所も、職業も違う、初めて出会った大人たちが、こんなにも真剣に「幸せ」などという掴みどころない議論を丸一日できるのだということを知って、皆、心の底からうれしく思っていました。

霧雨に煙る苔の庭を背に話す参加者の姿勢には、閉塞感に苛まれた悲壮感は見られませんでした。いきいきと語り合う穏やかな笑顔の群れる道場は、ひとつの時代を生きる社会の担い手の連帯感で満たされているようにすら見えました。

さあそれでは、初秋の弘道館に集った私たちの一日を、ひとつずつ振り返っていきましょう。 Future
Center
Kyoto はじめに 奥 彰氏(京都工芸繊維大学名誉教授)

20世紀後半を通じて有機合成化学の研究と教育に携わってきた立場から、化学はもとより科学技術の功罪を考えることに忙殺される毎日である。

高度経済成長の過程で私達は、化石資源を中心にエネルギーを乱用し、天然資源から作られる製品、例えば石油化学製品を大量に使い捨てしながら、それを発展と呼んできた。だが、それによって人間を含めた地球環境生態系のバランスは大きく崩れ、いまとなってはその修復に相当の決意と覚悟が必要な段階に至っている。

これまでの社会は地球環境と資源の搾取の上に築かれてきたのだから、そこに蓄積した負荷は蓄財を取り崩してでも公平に修復すべきであり、古い産業パラダイムのままで修復を試みても無駄であろう。たとえば最近、石油を原料とするプラスチックに代わり植物を原料とするプラスチックの利用が関心を集めているが、それが再生可能だから使用後は自然界へ戻せば(捨てても)よい、といった便益中心の一方通行材料利用の免罪符にしてはならない。原料資源に石油系か植物系かの違いはあっても、エネルギーの詰まった同じ工業製品なのである。

人は、自然界から恵み(石油、植物、水、鉱物資源、太陽光など)を頂き、それを自分たちに役立つ形に変えてきた。だが、いま私たちは、自然系の処理可能な許容量を超えて廃棄物を出し続け、資源とエネルギーを使い続けることが持続可能でないことに気付いている。私たちはこの恵みに感謝する心を、科学技術と経済的発展という美名の陰に失いかけていたのだろう。いつまでも安易な生活形態への夢が続くものではないことは、地球の現状を眺めれば明らかである。甘い夢には辛い夢を合せて持たなければならない時代になっているのだ。 発展が残した課題が何だったのかを考える2時間、開始! 20世紀の反省会 Brainst rm 1 20世紀の「時間の使い方」 Catalystを囲んだ意見交換のあと、
それぞれが何を話したいか提案し、

大きく6つ話題を決めました。 午前の部 20世紀の「働き方」 20世紀の「イノベーション」 20世紀の「コミュニティ」 20世紀の「しあわせ」 20世紀の「この国のかたち」 20世紀の
「イノベーション」 20世紀の
「時間の使い方」 20世紀の
「働き方」 20世紀の
「しあわせ」 20世紀の
「この国のかたち」 20世紀の
「コミュニティ」 大量生産モデルの確立
発明の実用化、商業化が進んだ時代

もともとあったストックを、自由に使いまくった時代(人・資源)

経済のグローバル化が進展

技術はあまねく人に使われるようになったが、本当に幸福になったか?QOLば上がったのだろうか? 大量生産、大量消費モデルの行き詰まり

資源、エネルギー利用の限界

知的財産権の制度的崩壊の兆し
イノベーションの加速とコンプライアンスの問題

全てがグローバルな課題になっている「文化の均質化(表層的)」
       ↓
    わかった気になる 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? 100年間に何があった? どんな課題が残った? 解決の糸口は? コストでも利益追求でもない第三の価値軸(社会受容性)
多様な再生可能エネルギーの利用(例えば、太陽光エネルギー利用技術)
わかりやすいエネルギービジョン

特区制度によるトライアル(研究開発、社会事業特区などの他、例えば、公海上にメガフロート特区で各国の協調モデル?) 余暇とお金のバランス
定年後、時間に余裕ができるのに対して、余暇を楽しむ金銭的な余裕がない

他者とのか関わりの減少
テレビ、ネット、ゲームなど、バーチャルな繋がりが増え、フィジカルな交流がない

創造力と構成力の減少。
娯楽のコモディティ化、短サイクル化(開発、創作の単純化) 高齢者が子供と関わるコミュニティの構築や教育

余暇⇔ボランティア
ポイント化/地域通貨化して、交換できるように

消費しない余暇。美術、芸術を安く楽しむ文化を作る。国と国民の力関係の転換が必要

60歳以上1,400兆円の貯蓄を有効活用次の世代へつなげる投資は?例:日本文化のブランド化、発信表現の仕方は重要。 -1900年(明治維新後)西洋文化が入る

-1945年(終戦まで)戦争中の余暇の余裕のない時代

-1990(戦後)テレビ文化、ゲーム文化核家族化

1990年以降(バブル後)仮想空間、ネット文化高齢者の余暇 会社のモデルが均質で、働き方も均質だったのが、最近一気に多様化。イメージとしては1⇒100⇒10000?

就職市場の拡大:どう対応する?

「組織の力」から「個人の力」が期待される時代になった。
自分の付加価値をどう高めるかが、課題となった。(OJTがなくなった)

スキルの伝承の問題が生じている。 事業環境の変化が、日増しに激しくなり、どのようなビジネスモデルを作るか、模索している状態

従業員をどう関わらせるか、どのようにスキルを高めるか、どう流動化させるか

個人の中で、仕事をどう位置付けるか、わからなくなってきている。キャリアの考え方、スキルの磨き方仕事のウェイト・・・・ イノベーションで異なるスキルのチームワークを生む


人事評価方法の再考


とにかく、何があっても良いように、体を鍛える! 文明によって自由を得た
西洋文明・文化
平均寿命が延びた
生活は便利に
自分の時間ができた
地域に縛られない
家に縛られない
忍従の終焉

同じ目的を共有できなくなった 利己主義、モラル低下
しかも自尊心は薄い(自信がない)
人との付き合い方を忘れている
異集団に対する関心が薄れる

老いたらどうする?
少子化は、どんどん進む


使い捨て文化
モノが幸せを保証してくれない
誇りが持てる日本の発見

町内や大家族で子供を育てる、安心して老いることができる環境を作る

新都市交流

住みやすい街を住む人の論理で作るUser-Designed-Centered

  ⇒ こだわれるモノ、街 家制度
核家族
子供部屋、受験戦争
所住分離

人との距離感、共有の場
空き地(子供のコミュニティ)
シャッター商店街(商店街の衰退)

 終身雇用の崩壊
職人技術の衰退
成果主義の台頭 多様化/分離化 家族コミュニティ
電話 ⇒ 携帯電話(監視)
居間 ⇒ 子供部屋(スペースの多様化)
時間の共有(職住が分離)

地域コミュニティ
共有する役割(回覧板)
空き地/スペース
イオンモール

会社
デジタル化アナログな技術伝承は?
成果主義⇒給与格差、弱肉強食
終身雇用⇒働き方の多様化
ピラミッド型⇒フラット

全体
価値観(Steve Jobsの生き方)
ライフスタイル
世代格差
あいまいさ 間取りを変更してリビングを通る動線に
居間の見直し
Facebookを家族で
ホームオフィス
くせを作る。外食と温泉/イクメン

街づくり
公園の活性化 オープンスペース
商店街の活性化
同好会

職場はコミュニティ形成の場でない



SNSの利用
多様性をうけとめる場
Virtual な環境 国づくりを急ぎすぎた100年

教育で歴史を教えてこなかった    (明治維新以降はいいかげん)

占領下の日本(1945年~52年:敗戦から講和条約)を境に歴史認識が異なる

価値観の空白:このフィルターの厚さに着眼 日本人が日本の本質を知らない(戦前にはまだ存在していた?)

例えば、江戸から明治、明治から戦後によって教育の断絶が起きている

繋がっていた源流が絶たれた 源流にある美学を思い出すこと
精神の柱を築きなおす      (論語、仏教、神道にヒント?)

連続性のあるものを部分的に捉えるのではなく、連続性を踏まえて理解する

普及する、取り戻す、思い出し方を考える「場づくり」が大事

ライフスタイルアセスメント 20世紀が残した課題 Future
Center
Kyoto 以上、まとめてみると... 大量生産、大量消費モデルの行き詰まり
資源エネルギー利用の限界
使い捨て文化に対する反省
高齢者が蓄財した1400兆円の流動性
少子高齢化への対応 経済、エネルギー 文化 グローバル経済による文化の均質化
使い捨てに慣れた生活
明治維新・敗戦による価値観の断絶
少子・高齢化の影響 コミュニティ 文化の均質化による地域特性の喪失
利己主義、モラル低下
帰属集団の外側に対する関心の低下
他者とのかかわりの減少 知的財産権制度崩壊の兆し
事業環境変化の加速
労働力の流動性の不足、失業問題 産業 個人生活 余暇と金のバランス
創造力と構成力の低下
自信の喪失
対人能力の低下 午後の部 午前中のセッションの
結果発表を聞き
8つのグループに分かれ Brainst rm 2 私たちは、この日の対話を始めるにあたって、20世紀の社会を定義づけてきたと言ってもよい主軸の価値観「経済成長」が揺らぎ始めていることに、多くの人が当惑しているという現実を直視しました。

そして、壁に貼られた「140文字の幸せ」を通して、自分たちが多くを望んでいるのではなく、身近な人と当たり前の毎日を幸せと感じられる世の中が共有できる、新しい目標やそれをストレートに評価できる価値観を探しているということも共有しました。

一日話して、日本人がそのむかし共有していた、自然とそして他者と共存して持続可能な社会生活を営なんでいた頃の価値観の中に、回答を発見する糸口があるかもしれないということに気づきました。
これは、民族主義や懐古主義に陥り内向きに閉じていきたいという意思表明では決してなく、グローバリゼーションによる均質化の圧力を受けてもなお、世界の各地に残っているだろう「共存のための先人たちの知恵」の一つとして、国際社会が共有できる日本の価値観を認識したいという欲求でした。

多様な知恵を寄せて、持続性の高い生活を実現する価値観や美徳に気づき、それを通じて、世界の幸せの増大を生み出す価値観の形成に役立つのなら、それが新しい時代に対する日本人の素晴らしい貢献になるかもしれないという希望も生まれました。 もう一つの面白い発見は、このように「国際社会」に向けて視点が広がっていく傍らで、どのグループにも「コミュニティ」という概念を理解し、共有しようとする努力が、見られたということでした。

まだはっきりと何を指してコミュニティと呼ぶのかすら、明確化されていたわけではありません。しかし、それが地域であれ、職場であれ、さらにはSNS上のバーチャルな繋がりであったとしても、身近な人の集まりの中にある共通の価値観に目を向けることで、私たちが探し始めた「新しい価値観とはなにか」という問いに対する答えに近づける可能性があるということが示唆されました。

■□■

この日私たちは、自分たちの中に眠る豊かな価値観に今一度目を向けることで、同じ問題を抱えて苦しむ世界中の人たちの役に立ちたいと望んでいることを自覚しました。
そして、それは足元の小さな人々の集まりが、幸せに暮らしていることを認識することかもしれないという予感を感じました。

直接対話に参加することのなかったファシリテーターとして客観的に皆さんの対話を拝見していた立場からでも、改めて話すことのパワーを強く感じる一日となりました。

さて、あのあと日々の生活に戻り、何か新しい発見はありましたか?
それぞれの職場、家庭で人と接する気持などに変化は起こっているのでしょうか? 

この二つの発見を出発点に、学びの場を共創し、それぞれの持ち場での実践に役立つ交流の輪を広げていくことが、私たちの次のステップではないでしょうか。 今日、ここに集まった私たちは、
日本が持つストックをよく認識し、
冷静に温故知新の心を持って学び、
何が価値であるかをわかり、
遊びのある秩序と、
日本人の美学を意識した行動を思い出すことで、
人間らしさを回復し、毎日をトキメイて暮らし、
不幸を最小化します。

そうすりゃ、ちょっとは
尊敬される日本に
なるんちゃう? Future
Center
Kyoto 10.30
Statement 21世紀を幸せに生きるために
目指したい価値観について
話しました 今日となり
明日となりゆく
石蕗の花

たかし Future
Center
Kyoto そして
行動へ Future Center Kyotoを終えて出張した旅先で、ロンドンから来ていた同僚と、英国の暴動について話をする機会がありました。
彼は、「あの暴動を起こした若者たちには、今までの英国社会で暴力抑止の安全弁として働いていた、社会との共生に関する価値観が共有されていなかった」と語りました。
しかし私が、「それは何も若者に限った話でなないのではないか? 経済成長と言う共通の価値観を失った社会全体が,不安を抱えているのではないか?」問いかけると、ちょっとした沈黙のあと彼は深く頷きました。
フランスから来ていた同僚も、米国の生活者を分析しているコンサルタントも、京都で今回行われた議論の結果に、大きな関心を示していました。私たちは、確かに同じ問題を抱えているのだと思います。

そんな出張帰りの飛行機の中で、隣の席のお兄さんが涙している映像に導かれて「ロック わんこの島」という映画を観ました。

映画の中で、父ちゃんは言います:
「信じろ。目に見えないものを信じろ 繋がってるんだ」
そして、ばあちゃんがこう言います:
「ここには、変わらないものがある。
      海も、山も、風もみんなお天道様の贈り物」

三宅島の大噴火で過去の生活基盤の全てを失った一家が、家族を信じ、友を信じ、時に牙を向く自然と共に生きようとする姿が、わんこのロックと小学二年生の男の子との堅い絆を通して描かれた名作に、いつしか暗い機内でそのお兄さんと一緒にすすり泣いていました。
英語の字幕で「お天道様」を「God」と訳す翻訳者のセンスはどうかと思いますが、一神教の概念から、われわれ日本人にとってはとても単純な「お天道様」の概念を想起させることの難しさに、Future Center Kyotoの気づきの正しさを感じました。

映画の中で、母ちゃんは言います。
「あそこにいると生きている気がする。」
彼女が団地で友達になった東京人は、ぽつりとこう答えました。
「ここに居ても生きている気がしない。」
都会人は、何に取りつかれて生きている実感を取り逃しているのでしょうか。三宅島から逃れ、4年半の避難生活を余儀なくされてなお、生まれた土地にこだわり、親子、友人たちとの絆を信じて、前向きに力強く生きる家族の姿が、今の東北の人々の姿に重なります。


苔の緑を、窓の灯りが仄かに照らす頃、語らいの輪から時折漏れてくる笑い声を聞きながら、私はお茶を頂きました。
薄暗い雨の夕暮れの窓からさす淡い光だけをたよりに亭主の太田さんとお話ししていると、欲しいものを手に入れることを一里塚に、キラキラ光る幸せを目指して蓄財に精を出す毎日が、尽きることのない満足を追う終わりのない戦いに思えてきます。私たちは、その中で出会っているはずの幸せの入り口をいくつも見過ごしながら生活しているのかもしれません。

私たちは、京都で出会い、未来について語りました。
この語らいの輪を広げていけば、きっと共感できる何かが生まれ、それがそれぞれの人たちの生活の中に広がり、各人の持ち場で試され、経験が共有され、そしていつの日か、その何かが確信に変わっていく日が来ると信じましょう。私自身その前に、今をどう生きるかを考えなおさねばならないと、胸に刻みました。

「わんこの島」は、最後までナレーションをつとめた子役のこの言葉で終わります。

「物語は、続いている。僕たちは生きている。生きていく。」

私たちも、確かに動き始めました。
皆さんとの再会を楽しみに致しております。 Future
Center
Kyoto を終わって お茶室 Tea time おしらせ! Future
Center
Kyoto そして
行動へ Actions 学び 拡大 交流 Kyoto
Community Tokyo
Community 学び 拡大 交流 http://www.facebook.com/ 足元の人間関係を土台に 数を寄せて美に迫る 川上 修平氏(ITインターフェース デザイナー)

76年生まれの私がまだ小学生の頃、大人たちは経済の繁栄を謳歌していた。
テレビの放送は景気の良いことばかりで、日本は世界一だといういう意識を持って育った。

中学校に上がるとベルリンの壁が崩壊し、ソ連が崩壊し、バブルが崩壊した。
高校三年生の冬、センター試験を終えた翌々日の早朝、阪神大震災が起こった。
当時住んでいた伊丹では震度5程度だったものの、家の中は全てひっくり返った。当時、関西で大地震が起こるなんて、周りでは誰も思ってもいなかった。
そしてその春、地下鉄サリン事件が起きた。

デザインを学ぶことにしたのは色々なものが崩れていく様を見続けたせいかもしれない。
ただ、そんな様を目にしていながら、小学生の頃の意識が抜けず、いつか自然に、社会人になる頃にはまた景気も上向くだろうと大学生活をのんびり過ごしたら、最初の就職氷河期が待っていた。

私は運良くバイト先の事務所に拾ってもらったが、多くの学生が当然もらえると思っていた社会にでるチャンスをもらえなかった。

私たちの世代はロストジェネレーションと言われるが、上手い表現だと思う。
もらえるはずだったものを失った世代、世の中から失われた世代という二つの意味がある。

私は今は3人の子どもに恵まれ、親と同居し、7人で暮らし、幸せを感じている。
それは、運良く社会に出ることができ、運良く伴侶を見つけ、運良く親の助けを得ることができたからだ。
私のライフスタイルは、20世紀それも戦後の日本ではごく一般的なものだと思うが、私の周りの同世代を見る限り、それをおくれていることはとてもツいていると思える。

20世紀的ライフスタイルは確かに幸せを感じさせると思う。
しかし、これからの時代、それを享受するには運が必要だと思う。
そんな世の中はあまり文明的とは思えない。
運に頼らない新しいライフスタイル、新しい幸せの形が必要なのではないだろうか。 Future Center Kyoto
2012年の活動記録
を以下のサイトに
まとめました! お茶席体験記募集中! 太田さんのお話に関する感想や、お茶室の空間を共有された体験された、あんなこととか、こんなこととか、何でも是非お聞かせください。

投稿場所は、追ってお知らせしますが、それまでは、atakauchi0131@gmail.com
までお願いします。 ファシリテーターより
感謝を込めてひとこと Future
Center
Kyoto 京都から
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明日への対話 素晴らしいおもてなしで私たちを迎えてくださった
太田さん、濱崎さんはじめ、お手伝頂いた全ての方々に
心からの感謝を捧げます。 Special thanks to 弘道館 Catalystは触媒。
初めてであった私たち40人の関係に化学反応を起こし、その対話に手掛かりを与え、刺激し続ける思い。

私たちは、5人の方々の経験を自分たちの経験に重ねながら、丸一日の対話を始めました。 利休はその子紹安が露地を掃除し水をまくのを見ていた。紹安が掃除を終えた時利休は「まだ充分でない。」と言ってもう一度しなおすように命じた。いやいやながら一時問もかかってからむすこは父に向かって言った、「おとうさん、もう何もすることはありません。庭石は三度洗い石燈籠や庭木にはよく水をまき蘚苔は生き生きした緑色に輝いています。地面には小枝一本も木の葉一枚もありまん。」

「ばか者、露地の掃除はそんなふうにするものではない。」と言ってその茶人はしかった。こう言って利休は庭におり立ち一樹を揺すって、庭一面に秋の錦を片々と黄金、紅の木の葉を散りしかせた。利休の求めたものは清潔のみではなくて美と自然とであった。

岡倉覚三(天心)「茶の本」より 村岡博 訳 野口氏が触れた、利休のお話 もう一人の Catalyst 太田 達氏 Links http://kodo-kan.com/profile.html 弘道館 Future Center Kyoto ファンページ http://www.facebook.com/FutureCenterKyoto?sk=wall Future Center Kyoto 事前対話(イベント告知ページ) http://www.facebook.com/event.php?eid=178098018932336 https://sites.google.com/site/futurecenterkyoto2012/ https://www.box.com/s/kalqn5qhz5zexmv3ss8p http://www.facebook.com/events/225531104223003/ FBの交流の場にも
お誘いあわせの上
お越しください!
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